05月30日 (土)

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四国から犬がたった一匹でお伊勢参り?




「お伊勢参りがしたいワン」

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飼い主の夢の中に出て、ポチは訴える。

信心深い主人は驚きながらも、「よかろう、行くがよい」と旅の支度を整えさせた。

ポチの飼い主は四国阿波徳島の庄屋の主人。

『伊勢神宮』と書かれた袋をポチの首にかけてやる


これでポチがどこに何をしに行くのかが誰の目にもわかる。

そして道中の資金として袋の中に三百文の銭、このお金でご飯をもらう。


寛政二年(1790年)、主人に送り出されたポチは住み慣れた庄屋を後にする。

こうしてポチのお伊勢参りの旅が始まった。

阿波から伊勢に向かうには、まず鳴門を目指す。

鳴門からは船に乗り淡路島経由で明石、明石からは街道沿いに行くと、伊勢路へ。

そこからは参拝客とともに歩けば伊勢神宮へとたどり着く。

直線でも片道300km以上の道のり。

だが、ポチは道に迷わない。


『伊勢神宮』と書かれた袋を見れば、みんなが「こっちだよ」と導いてくれる。

「主人のためにお伊勢参りかい、なんて偉い犬だ」とほめてもらえて、ご飯ももらえる。

「わたしの分もお参りしてきておくれ」と銭を袋に入れてくる人がたくさんいる。

ご飯もらえる

みんなに可愛がられながら、毎日、伊勢を目指してテクテク歩く。

伊勢神宮は正式には『神宮』と言い、内宮と外宮、およびその他123宮舎から成り立つ。

そして内宮には皇室の祖神・天照大御神を祀っている。

お伊勢参りは江戸時代の庶民なら一生に一度は行ってみたいと思うもの。

みんながポチにやさしかったのは、ポチの健気さだけではなく、伊勢神宮へのあこがれもあっただろう。

伊勢神宮

ポチは伊勢路から同行している他の参拝客一行と共に内宮へと行き、お札をもらう。

宮司は大神宮の札をポチの首の袋へと入れてくれた。袋はみんなが入れた銭でずいぶんと重くなっていた。

ポチが去ったあと、宮司がつぶやく。


「犬が参宮しに来られるようになって、久しいのぉ」


来た道をやはりテクテクと戻り、ポチはようやく、長い、長い旅路を終えて、主人の待つ庄屋へと帰りつく。

袋の中に伊勢神宮の札を携えて。

ポチの姿を見て、主人はもちろんのこと、家中の者みんなでずいぶんと喜んだ。


だが、袋の中に銭はない。


使い果たしてしまったか、落としたのだろう、そんな風に主人が考えているところに、一人の男が庄屋を訪ねてきた。


「この犬の主人であられるか?犬がずいぶんと重そうにしていたゆえ、銭を預かり、届けに参った、お改めくだされ」


その額、三千文。


このお話は創作ではなく、実話だ。

お伊勢参りは庶民にとって夢の旅、自分が参拝できない人は家族に頼んで代わりに参拝してもらっていた。

人ではなく犬に参拝してもらうこともあった。

実際にお伊勢参りを行った犬が複数いて、記録がいくつも残ってっているのである。


参考文献 杉浦日向子著 『一日江戸人』 新潮文庫